花を焼く少年


僕は花を焼かない少年であなたもそうだと思う。みんなは普通花を焼かない。なにせこの地球では僕らは普通花を焼かない。

人間はみんな、たったひと時の暖をとるために木を焼き、思い出を思い出にするために恋人との写真を焼き、肉親の死体を焼き、腹を膨らませるために沢山のものを生きたまま焼き、要するに何もかもを思うがままに焼く。ごうごうと。炎に恐怖しないのは人間だけだが引き換えに、人は下卑たあの作り笑いをもしなくてはいけなくなった。そういう訳で人は本当に沢山のものを焼くけれども、だれも花を焼かない。ただの一輪たりとも。

ナにこれ?小説?わけわかんない。変なの。意味わかんない。私今本をさかさまにして読んでるのかしら。

そう思った人がいらっしゃるとして、その人は、自分が今まで読んできた本を、正しい方向から読んできた、という自信があるんだと思う。でも考えてみていただきたいのは、ある別の星に住んでいる男の子がいて(なんなら美青年であるとしてもいい)、彼の星の星の人たちが皆、僕らがするのとはさかさまにして本を読んでいるとしたらどうだろう。
そこでは文字は下から上に流れる。そのほうが真実を読み取れるからという理由でこの星がそれを採用していたら、あるいは、本なんて読まないほうがよいのだという教訓の元に「読むことへの反省として本を読む、とか、そういった先人の知恵だとしたら、あなたはなぜこの星でのうのうと正しい本の読み方をし、これから僕の話す物語の不義を言えるのか。考えてほしい。そして比喩ではなく、この本の主人公は、「違う星」という星からきた二人の男の子が、それと知らず地球人に混じって生活をし、成長し、この星の慣習を覚えこませられながらも、なんらかの違和感を感じながら生きる物語です。だからこの本をさかさまに読んでみるのも良いし、なにかが読み取れなくなったらあなたには真実はまだ早いのかもしれない。

次の話。

目の前に一つ花束がある。つまり色々な可能性がある。言葉のあやではなくて、花束がもつ沢山の可能性がある。男の子が愛する人に花束を(すっげーテレながら)差し出すシーン。交通事故現場の跡に老人が道路に花束を事務的に備えつけるワンシーン。あるいは花屋の前の路地に、おそらく自分ではそこが世界の中心だと思っている踏まれたたんぽぽ。
いかに僕ら自信に可能性がなかったかが分る。僕だって花束なしにこの物語を書けなかった。ただの一行たりとも。花束を添えなくては窓の外も覗きこむことのできない僕らのゼロ。

段を改めて、僕らはゼロ。でも僕はそれをしばらく放りだしてみる。ほうりだしてしまって、テレビでも覗き込む。ご存知の通りテレビには僕らに必要なあらゆる全てがある。暫く眺めて全てをoffにして、戻ってきてみるとゼロも悪くない。テレビの上には相変わらず花束が掲げてあるけれども悪くない。

花の可能性は、文芸的な意味とは本当に違う。交差点に備えられた花束は一つの可能性を。友人の家のお手洗いの花束は一つの少し滑稽な可能性を。窓辺の花束は一つの展望と可能性を。言葉で言う「花束」は一つの象徴と可能性を。それぞれ持ってる。

次の話。いよいよ花焼き。目の前に一つ花束がある。つまり色々な可能性がある。そして、その横にライターがある。あなたは顔を素敵にシカめて、僕をいなしてくれる。そんなことをするな。花の横にライターなど置くもんじゃないよ。といなしてくれる。花を焼く少年が現れる。そんなスクリーンを前にして僕とあなたはそわそわしている。ねえ彼は今からもしかして。と君は僕をちらと見る。僕はこの物語の作者だからだ。君は僕が彼にそれをさせようとしてるのでは?と予感している。果たして花を焼く少年が花を焼く。彼は花を焼く少年だからだ。

そんな可能性が果たしてあったか?


水切り、葉枯らし、花焼き、接木、花にまつわる言葉との間にそっと僕の作った言葉を紛れ込ませてみる。どうだい大したものじゃない?

可能性を制限できたら、小さくなった可能性の小ささは、凝縮だと気づくべきだ。爆発するのをまってくれ。それは火薬だ。言葉も短いほうがよい。僕は三文字にイメージをつめた。花焼き。


この物語には、花を焼かない少年、花を焼く少年、首を吊らない少年、恋をしない少年、恋をする少女、なんてことのない人、なんてことのある人、がなどが登場する。この物語はフィクションです。

物語の断片や付属する音楽作品を見せると、花を焼く少年という男の子に対する抱くイメージには一貫性があると気付いた。それは僕の抱くイメージにもさほど遠くない。誰もが同じイメージを描けるのに誰もがしない行為としての花焼きだから、類似する行為があるだろう。僕のイメージではそれは葬式と薪でした。そしてこの二つに共通要素があるならそれは沈黙だと思う。あるいは小さく吐き出される言葉。文章の構造の作るに至らなかったような言葉の粒。段落を作るに至らなかったような構文を埋めるだけの存在。頭で違うと思いながら口を突く悲しみの言葉。そういったもの。強い悲しみを誰かが空に叫び立てることなく過ぎ去る葬式は多い。そういう場合体の知る沈黙がその人を美しく(と僕は思うのですが)表現する。1でも2でも3でもなく0だからだ。




人通りのまばらな幹線道路のそばは、トラックのような大きな車ばかりで、巨大な音が空間を奪っている。横断歩道には交通事故で死んだ人の霊にささげられた花束が飾ってある。
花を焼く少年は、横断歩道脇に添えられた枯れた花束を、手にもっていたカメラで風景に収めてから、一輪二輪、盗んで持ち帰った。冬が近いので、ドライフラワーのように色を抜かれている。いやはや、これは大事な記号を手に入れたものだと彼は思った。

物語を始めるにふさわしく、一人の女の子がそれを見てた。花を焼く少年は見られていることに気づかなかった。目立たないようにやったつもりだったのだ。女の子は、あれで目立たないつもりかしら。と思った。いずれにしても彼女は記号を共有し、隠しとってしまったわけだ。なんとなくな太陽と、花にやさしくない季節とに向けて、記号は拡散していった。



花を焼く少年は家に帰ると花を水に挿してみた。次の日になってもそれは交通事故という安全な死の象徴のように、まるで物語を始めるつもりがないようにしていた。そのまま、といった感じだった。これはこれは大した記号だ。と彼は思った。造花でもないくせに、色のない花なんてね。と彼はおもった。
数日後、再び花の前に向き合った彼は、少し枝をすいてやった。すると一応の形が整い、花らしい美しさが見えてきた。だんだん美しさを取り戻してくると、この枯れることすらあきらめてしまった花は、他の咲きたがり、同時に枯れたがっている普通の花とは違い、ずっと咲いていられるのかもしれない、とおもった。ただし色を失ったまま。

花は色を失えば普通の花とは違い、文学的な意味で永遠に(本当には永遠ではないにせよずっと長く)咲いていられるのだと想うと彼は小さく感動した。彼はこの感覚はなにににてるんだっけと想った。あ、葬式だ。彼は不謹慎とも想わなかった。彼は葬式で少し感動をしていたのだ、とこのとき気がついた。小さくおじいちゃんのことを思い出した。


彼は部屋の隅に山積みのキャンパスから、一本だけ直線を引いただけのものを取り出して前に立てた。新しいのを買うかねもなかったし、(なにせ来月の仕送りまでメシもろくにくえないのだ。)他に使えそうなものもなかった。窓を引いて光を調節して、絵の具を広げた。


しばらくして、自分にはこれだけの記号を上手く取り扱うような経験がないんだな。と花を焼く少年は思った。その絵を描くのは難しかった。僕は直線でも引いてればいいんだ。そしてキャンパスを放りだしてしまった。そして暫くの間花のことは忘れてしまった。




(コンパ。少女と会う。さほどおどろいたりさわりダリは双方しない。二人になったときに少女から会話開始。基本無愛想。少しきがかり。気持ち悪い人ね的に。アートへの疑念。タバコのためにライター貸す。皆の和からエスケープ。そのまま渡す。他いくつかの記号を伏線化。お開きになって別れてから。私のお気に入りのライター返してもらわなくては。男女関係の発端記号は常に漂わせること。)



☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆




花を焼かない少年は道の途中でガードレールに手を添えて、持病のめまいが放電されるのを待っていた。鉄に触れるとめまいは放電されるみたいにすっとなくなることが多いのだ。彼が妄想するに、ガードレールに乗り移っためまいは暫くして誰かに乗り移る。可愛い女の子ならいいんだけど。まったくクソじじいじゃあるまいしめまいなんてね。今回ガードレールは愛想なかった。彼にはかわいそうだけれど彼がめまいの内側で最初に思い出したのは、駅前の喫茶店で隣に座ったサラリーマンのことだった。上半身を口調に合わせゆすり電話口でまくし立てていた。内容が聞き取れなかったので彼は妄想をして、宇宙人が攻めて来る旨を上司に報告しているという設定にして、会話を考えていた。
「○○さん、信じてください。彼らは着陸地点に間違いなくこの日本を選んでいます。いえ、もうすでにしのんでいるかもしれません。彼らのやり口はかなり狡猾です。まずほとんどのケースにおいては、彼らはわれわれを擬態します。どうやるかですって?簡単です。遺伝子をコピーするんです。この星丸ごとの情報をコピーして、その中から平均的な遺伝子を計算し、それをコピーします。こうした計算の際彼らは、惑星ごとに処理系を分け、それらを同時に駆動させ、演算させ、それをワープによって合算するといった手法を使います。いえもちろん本当はもっと複雑で、便宜的に省略はいたしましたけれどもね。で、そして一度進入してしまうと、、、そうです、彼らは、少しずつずらしていくんです。なにをかって?聞いてください。なにをか知りたいですか?これっきゃないってやつをずらすんですよ。いえも