花を焼く少年のつづき

いえもちろん本当はもっと複雑で、便宜的に省略はいたしましたけれどもね。で、そして一度進入してしまうと、、、そうです、彼らは、少しずつずらしていくんです。なにをかって?聞いてください。なにをか知りたいですか?これっきゃないってやつをずらすんですよ。いえもったいつけてるなんて滅相もない。ええ、実は地軸をなんです。地軸を少しずつずらすんです。本当に少しだけね。これでどういう影響があるかご存知ありますか?驚かないでくださいね。これは別の星のやつらから聞いた話です。わが社の情シス部はこの点においてのみはプロですからね。われわれの科学でもまだ気づいていないのですが、地軸がほんの少しずれますと、一番影響にあるのは、人の脳なんです。つまり、少しずつ気が狂うんですよ。凄い話でしょう。さらにこっからがもっと凄いです、彼らのずらしかたは、ほんのちょっとだけ、本当に驚くほど小さくなんです。人間は本来のバランスを崩します。ほんの少しだけ。どうしてほんの少しなのか。まるっきりずらしてしまわないのか。それはですね、本人たちが、その変化に気づかないようにです。本人たちが、自分たちの変化に「あ、俺は少し気が狂ってるんじゃないか?」とか想わないようにです。○○さん、悪魔についてゲーテファウストの中でこんなことを書いてます。悪魔の最大の罠は、自分を悪魔だと思わせないこと、だそうです。いいですか、こうなると人間の挙動は、まるっきり悪いことばかりするでもなく、でもちょっとだけずるをするようになるんです。いいところがないわけでもない、でも実は、ちょっとだけずるいんです。こうなると世の中は大変ですよ。誰も気づかないうちに、人が人を平気で殺したりしてるんです。ある意味では人が人を殺すのは当然なことだ、とかいいながら、やっちまうわけです。おかしいですね。あーっはっは。」
とここまで彼が考えたところで、驚いたことにちょうど彼の妄想に合わせてスーツ姿の男は突如笑ったので、彼は少し驚きながらも、つられて笑いがこみ上げてき、こらえきれなくなったところに、恋人がきた。

「どうしたの。馬鹿みたいね。」
「いや。僕は一人ぼっちじゃない。分ったんだ。」と彼は声をひくつかせながらいった。
「なに?オカシクなったわね。」
「いや、僕は限りなく透明だ。」彼は声を弾くつかせながらいった。「どこかにいってキスでもしよう。今なら箸が転げたって可笑しいよ。」
「いやよ。しないわ。」
「いやかい。何か違うことを考えないと可笑しくてね。」となりのサラリーマンはとうに笑い収めていて彼は一人ぼっちだった。するととたん笑いは収まった。彼は少し悲しくなっていた。スーツ姿の男は電話をしたまま積をたった。よくみると彼は日本人ではないようだった。
「なんでもないよ。」
恋人は諦めてため息さえはさまずに切り替わり(なれているのだ)、星を見ようと言い出した。
「今週末になんとか流星群が来るらしいよ。」
「なんとかってなんでもいいの?そんな。」
「なんでもいいのはあなたでしょう?」
「確かに。」
「私と星が見たいですか。YesかNoで答えてみてください。」
「これご覧よ。」といって彼はスーツ姿の男が灰皿に丸めて捨て残していった紙を手に取った。
「汚いということは分かる。」
「灰は汚いものじゃないよ。無菌だよ。僕らの体のがよほど汚い。」
といって彼は紙のしわを伸ばしながらテーブルに広げてよく見えるようにした。誰かの描いた意味のある絵というものは、誰かが書いた意味のない絵よりはるかに奇怪で、本来カオス的なものなのだけれど、そこにはでたらめに小さく点のようなまとまりが書いてあって、花を焼かない少年から見て上、恋人からみて下、(宇宙からみて最果て、太陽からみて恐ろしくなじみのある程度に遠く、メクラからみて薬指のさき絶望のかなた)、にそれらは散らばっていて、逆のところには、いくつかの線の束があり、横には「花」と書いてある。絵には渓谷があり、そこには端がかかっているようだが、その橋はタバコによって焼かれている。地上は明るいようだが上は黒く斜線で暗がりとして描かれており、そこには星とともにいくつかの数字がなにかの啓示のように数秘的な雰囲気を保ちながら書き込まれている。金額だろうか。彼は案外して彼の妄想は正しかったのではないかと考えてみた。星と花と人と数の絵。この花ってのはなんだろうな。
彼が黙り込んでそれをみていると恋人はさすがに少々いぶかっていった。
「どうしたの。」
「わからない?」
「なにが。なにか分るの?」
「わからない。なにか分る気がする。僕に記号が集まってきてしまったことは分かっている。それ以上はわかんないな。」


花を焼く少年の話。

久々に大学に行ったはいいが、そこはアルコールとカビとクソと生物の死骸の腐ったニオイ、焦げたニオイがした。そして人が一人もいなかった。どうしたんだ大学は授業みたいなものはあきちまったのかな。と自分に小さく嘯く前に、嘘をつく少年がキャンパスの真っ只中で絵を書いているのを見つけた。
「どうしたの、世界は終わってしまったのだろうか。」
「相変わらず君は馬鹿だな。馬鹿だ。」と彼はこちらをちらとも見ずにおどけた声でいった。
「もの凄い久々に着たんだ。いやに静かで少しキミガ悪いね。」
「知らないのかい。人が死んだんだ。ずいぶん沢山。新聞は見ない?僕も見ないが。とにかく概念的な理由で、人が死んだんだよ。」
「どんな?」
「それはしらない。とにかく概念的な理由。思想的な。誰かしら捕まえて聞いてみてくれ。むしろ分かったら俺に教えてくれ。別にいいけど。」
「自殺?」
「似たようなもんらしい。」
「死の前では男も女も似たようなものだしね。でも、余計薄気味悪いね。そんなキャンパスを描くなんて君こそ馬鹿げてるじゃないか。」
「色がね、変なんだ。なんか色が抜けてしまったように見えない?」
彼はそういわれて少し驚いた。記号が呼んだのだ。
「本当だ。少し抜けてる気がする。きみが悪いな。」
「メディアにでちゃってるくらいだからね、完全に入り口とか閉じていて、授業もないし、学事なんかも全部しまってるし、というか気味悪かったり、胸糞悪かったりして、事務員なんかもこないんだろうな。無意識的にせよ意識的にせよ。いいかい、これは妙案なんだ。いいかい、彼らはどういう理由かは知らないが、というかせいぜいが、近くにあった材料で、ってことだろうが、油絵の絵の具で書かれた絵を、正確にはそのキャンパスに火をつけて自分を焼いたんだ。油絵ってのは火薬みたいなもんだからね実は。」
彼の口調は次第に興奮の色を増してきた。彼らは絵を描く大学に通っていて、美について頭を悩ます青年たちは皆「どうにかしてる」のだった。かれはつづけていった。
「そして、色が抜けてってるんだ。」
「なるほどね。よくできた話だ。・・・僕も心辺りがある。」彼は自分でいって息を呑んだ。これはたいしたことだ。
「火と色の関係かい。」と彼は言った。
「そう、そう。そうだよ。よくわかったな。俺が言いたいことはそういうことだよ。だからこの絵を書いてるんだ。正解?」
「正解」
次第に日が暮れてきて、最初の星が見えた。花を焼く少年は星を眺めるのが好きだった。奇妙なほど落ち着くのだ。彼の目は星を見るときひどく済んで見えた。
「事件がおきたのはいつ頃なの?」
「先月の初めころ。正確にはわからない。生まれてからまだ三日しかたたない気がしている僕に、君は日付を聞くべきじゃない。」
「へえ。ずっと僕はきてなかったわけだ。」彼はそういって気づいた。いやはや。たいした記号だ。まさにあの花を摘んだころだ。
「かえるよ。さようなら。」花を焼く少年は星をみながらいった。
「なあいまの全部嘘だよ。」嘘をつかない少年はにやけながら言った。いつもそうするのだ。そしてそれはときどき「本当にうそ」だし、時々「本当に本当」だった。
花を焼く少年はくすりとしてから、背中越しに「さようなら。」といった。



いえに変える途中彼はずっと理由もなく興奮していた。家に帰ると花を焼く少年は、腹が減ったけれど金がないのでタバコを吸おうと思った。タバコは一本だけくしゃくしゃになってポケットに入っていた。がライターは見当たらなかった。

それをやっと見つけたときに物語は始まった。花瓶の横に、絵の具が置きざりのままで、その横にはあの娘から借りたままのライターが置いてあったのだった。あの子からもらったライターだ。なんて丁寧に配置されているんだろうと彼は思った。僕の部屋で集まった三つの記号。そして先ほどのひとつの物語。色と火。参ったな。

そして彼は初めての花焼きを執り行った。

ライターは残りわずかだった。花焼きに使ってしまうとタバコは吸えそうになかった。彼は右手に焼けどをした。驚くほど花は燃えたのだった。誰が花を焼くなんて思いついただろう。普通人は花なんて焼かない。参ったな。色が落ちた花はこれほどよく燃える。逆に色のある植物はよく燃えないのだ。参ったな。
彼はそれを花焼きと名づけた。


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花を焼かない少年の話を少し。

彼は物語を書いた。しかし物語はいっこうに現れなかった。彼は言葉から初めてみた。綺麗な言葉を選び出して並べるのだ。でもこの方法では、言葉はそれそのもの美しいけれど死んでいた。気に入ってくれる人もいたけれど、二度読んでくれる人は少なかった。死人かなんかにはウケるかもしれないと彼は思った。彼は書きつづけたがいっこうに生きた物語は生まれてこなかった。書く度、ある時点までいって、ふと思い立ち、いらない言葉を一行ずつ消していった。そうすると一行も残らず全部が消えてしまうのだった。彼はこれを葬式といって友人に向かって笑った。なにかが足りないのだと思った。それはなんらかの方法かもしれないし、僕自身へのなにか特殊な記号。経験かもしれないし、それか新しい恋人かな。と彼は思った。楽天的なのだ。だけれど彼は本質的には、いらだっていた。かけているものがあるという思い彼の人格を少しずつ犯しているかもしれないと思った。めまいもそのせいだ。



めまいの内側でビジネスマンの唇はそれ自体が気の触れた生き物みたいに大仰に動いていた。笑いは浮かばなかった。気分が悪くなった。ビジネス的な問題を把握すべく描かれたはずの抽象絵画は彼のポケットに入っていた。これは本当に宇宙の言葉なのだ。地軸は本当にずれてしまったのだ。彼はもう一度それを取り出して眺めたが、キュビズムの正統的な模倣たるこの不世出の芸術は、呆れる程邪悪で無邪気だった。たった今悪魔を二百匹殺してきたとでも言わんばかりに無邪気だった。そして神秘的だった。次第にめまいがすっと消えた。彼は少し驚いて、もう一度眺めた。
そのとき、星が一つ消えた、と彼は思った。この隅には点があった絶対だ。やれやれ病院に行こうかしら?それとも新しい恋人でも作ろうかしら?
彼は楽天的なのだ。



花を焼かない少年は、恋をしない少年と会った。彼は花を焼かない少年のことを、「君」と読んだ。文学を好む人はよく相手を君と呼ぶ。君は与えられたんじゃないの?よかったじゃない。記号だよ。そうそうあることじゃないよ。と彼はいった。

『サラリーマンと思しきこの男は人類を絶滅させる宇宙人から星を守るべき妙案を上司に告げるその長電話を済ますと指折り数を数えながらその星で初めて描かれた絵画にいくつかの数値を書き足した。この芸術はその数秘性によっていっそうの呪力を増していった。これは世界をそこにあらわし、物語を存在させるためのキーなのだ。世界には物語りが必要だった。そして最初にそれは、花と星から生まれたのだ。この星でかかれているあらゆる物語にそれが含まれている。』

どう?割といいのかもしれないね、というよりなんとなく変わったかい書き方が。分らない変わったかも、でも物語のようだね、物語のようであるだけでずっとよい、美しい言葉を並べたとて物語にはならないからなあ、自己言及的だけれど僕の割には言葉が生きているみたいだ。そうね君にしては言葉にとらわれていないよよくもわるくもね。そうだね。そうそう。僕の物語はこうして始まるんだ。でも、と恋をしない少年は言った。

「なにか足りないかもしれない?」
「そう?そうかもしれない。」
「なにか記号が足りないよ。」


比喩を辞め、本当に理解しようとしても、僕の手にしたこの奇妙な絵とその記述がどう結びつくのかを把握するのは本当に無理だと花を焼かないく少年は思った。こりゃあだめだ。世界は本当にいかれているのかな。まあ、もう少しまとう。いらない言葉はいらない。どうせまた消してしまうだけだ。





数えることの出来ない時間だけ世界を待機させてから、


「絵を勉強してるんです。突拍子もないお願いで申し訳ないのですが。」


物語を閉じるため物語に登場する、


星を見るといった言葉が出ると世界は驚くほどその表情を変える。まるで会話形式の物語がカギカッコを奪われるようにだ。恋人達は会話する。悲しいほどの真理だ。パンティーは陰部を隠す。人が死んだら燃やして埋める。海を拒む川はない。恋人たちは、以下のように会話する。海かな。そうだね。案外寒いよ。寒いほうが人の距離は近づくでしょう。反比例。そんな簡単な方程式の項にすっぽり収まりたくないな。と花を焼く少年が口を滑らせると、恋人は予想外しばらく黙り、彼はごめんなさいといった。上手くいかないものだなと思った。この星の人は本当に良く分らないところがある。



花を焼く少年は世界が、まるきり変わってしまったのを知った。彼は花が気になって仕方がなかった。それがいたるところにあるのに気が付くと、それとなく見過ごそうとしたがそれは難しかった。そしてとうとう花焼きの常習犯になったのだった。花焼きは難しかった。まず心のけじめが必要だ。火を扱い、さらに花も扱うのだから!それに、花を選ばなくてはならない。これも難しい。彼が最初に焼いた花は特殊な状況で枯れていたようだった。そうした条件がないと上手く花は焼けない。また彼は、こんな思いを抱いてしまっていいのか分らなかったけれども、花焼きという行為を美しい、芸術的な行為だとも思うようになっていて、その理由からも彼が選ぶことのできる花は減っていった。
もう一つ彼に訪れた明らかな変化は、女の趣味だった。なにがどうかわったのかは分らない。説明は必要なかった。こうした物事には説明が必要ない。我々は好ましいトイレでクソをする。なぜかはわからないけれどそれはそうだった。そういうわけで彼は女性の好みが変わったのだ。・・・あの乎だ。と彼は思った。こんなことってあるかしら。この星は訳がわからない。と彼は思った。





誕生日。星の声を聞く。めまいの少年を中心に聞く。事件。物語のために物語が始まること。絵画の象徴と線。芸術についての講釈。恋をする。