「水」


教会で。60億人に。

神の言葉
「あきらめなさい。」












2書斎で。一人で。



ワレオモウユエニワレアリと言う言葉を僕が最初に目にしたのはそれを最初に言った人のいた国からはとても遠い場所であって、そして時間的にも離れていたわけで、だからこの言葉が生死をかけた滑稽な真剣勝負のボーリング場でやる伝言ゲームのように、まるで出鱈目な意味になって伝わってきた可能性は否定できそうもない。未だに僕はその原文を理解しないので、僕が最初にこの言葉を目にしたときと同じように、おおなにか意味ありげだ、というだけでその言葉を雰囲気だけでとらえていた。こうしてみせられてみるといかにもそれは語呂がよく聞こえて、気取っているふうにみえて僕はこの言葉のたたずまいはそ好きだ。ただそれは雰囲気の問題で、そうすると意味にはあまり意味はない。



デカルトはこれをみてなにか文句を言いたがるだろうか?それとも案外それを肯定したりするのだろうか。予想もつかないがしかし彼がなにかを僕にいったとしてもこちらにはこうとしか聞こえない。つまりワレオモウユエニワレアリ。としか。僕の鼓膜の網は意味をこしとり、鼓膜のあちら側に残してしまう。先日姉が彼女の勤める卸売りの会社で安く手に入れた「高性能耳かき」は実際とても性能が良くて不思議なくらいゴミが良くとれる。つまり毎日ぼくはそれで耳の中に残った意味を憎憎しげに書き出してティッシュにくるみ捨てる。焼却炉にもっていくと、どうしようもなく強い炎でもってそれは焼かれて煙になる。僕はそれを見送ってから家に帰って冷蔵庫をあけ無意味を取り出してプルを引き、腰に手を当ててのみ、全部忘れる。オゾンホールに穴が開いたらそこから毎晩宇宙の夢をみる人類をどうか賛美してください。呪うとしても。



3玄関先で二人で。


男はテーブルの向こう側ですこしだけ表情をかえた。強い口調で言いすぎたかもしれない。しかしもうこちらも少し腹が立った。不条理だ。論理は一体どこでなにをやってるんだろう?僕はもう大分諦めかけていた。話がわからないほど僕だってバカじゃあない。でも少しこちらが腹をたてた分、多少あちらも腹をたてたってよい。案の定、男はすこしいらだったようで、それは口調で分かった。やや少し丁寧さにかけていたからだ。彼はこういった。
「あなたのいうことはわからなくもないが、しかしこちらにも言い分はあるのは分かっていらっしゃるでしょう。こうは言いたくないが私達は認可をもらっているんだ。」
「でもですね、おかしいと思います。この家はずいぶん昔からうちの持ち物だったし、この家を買い取る、とあなた方はおっしゃるけれどそれはなにかこう提案のようなもので、話をもちかけたということではあっても、我々はそれを売り払うつもりがないといったらそれでおしまいであるはずでしょう?それについてだけは、そうでしょう?」
「それはわかりますが、しかしこれに関しては国の認可を得ているのです。」
「それがよくわからないです。国は土地みたいなものをたとえば国有の土地として保有していて、それは僕らがもっているこの私有の土地と同じで、金額によって取引されて、その所有者の意志でもってのみ左右されるものでしょう?国がどうこうできるものじゃあないはずだ。それに金額の問題だけじゃあありませんようちは御存じかしりませんがまぁ金銭的にそんなにこまってるわけじゃあないし、お金をどんなにつまれてもここから動きたくはないんだ。これは人情の問題です。お分かりになります?」
「そのことについてはよくわかっています。しかしですね、多くの方がこの場所を受け渡してくださることを望んでいます。この場所は非常に有意義に色々な人が使用する歩道部分になる予定ですし、ですから国が認可をおろしているわけです。ですから・・・」
「ああ、ああ、ああ、分かりましたよ。もう、結構です。受け渡しますよ。一体どのくらい多くの人たちがこういう風にして長らく慣れ親しんだ思い出の土地を手放して入ったんでしょうね。ああ、失礼なことだな、本当に。沢山の人が。それはわかりますけれどもね。いや、わかりましたよ。受け渡しましょう。・・・でもね、これだけはあなたがたもしっておいたほうがよいと思う。こういうことを言った人がいます。こういうことがあるときにいつも思い出すんだ。いつだってね。わかりますか、つまり」
間を少しとってから僕はトーンをすこし落ち着けて、そして言う。やや左の肩を引いてから。目線をはずし、それから相手の目線をもう一度捉えてから、
デカルトは言いました。ワレオモウユエニワレアリ。と」





4書斎で。一人で。
みんなが方法論について語り合うのが左耳から聞こえる。右にそのまま抜けていけば良いのだがそれほど器用にはできていないのでそれを聞き取ることになる。僕が思うのは、我々は人前で方法論を語るべきじゃあない。感動はもちろん一つの処理だ。僕はさて感動しようと思ってから、感動錠剤を後ろの棚からだして水で飲む。そして感動する。ああ感動した。そしてそういうのをちょうど数えられるだけ繰り返してから死ぬ。たしかにそれはそうだけれどもそれを言うのはあまりにデリカシーがない。そういうのが耐えられる人は方法論を語ればよい。デリカシーがない人だけがいえば良い。「ああ、あれは断章形式で、文章に殺伐とした雰囲気を与えつつ・・」






5昼も夜も明るさの変わらないようは部屋で一人で。


こういう男がいる彼は常々、ああなにも、なにも考えないでいることができたならば、と思っている。知れば知るほど知ることはつらくなる。自分がなにもしらないことを知る。あの本の山に火をつけてしまいたい。それでそこにある知識がすべて消えてなくなるならば。でもそれはできない。そんなことをしても無駄だというだけでそれができないんじゃあない。自分に正直になれば、それが彼には怖いのだ。知識を失うということも、ものを知るということと同じに怖い。もちろんいつもいつでもそういう風な陰鬱な気持ちでいるわけではくて、知識を素晴らしくおもい、清々した気持ちで難解な文章を読了する日もある。そういう日には彼は、夜電気を消すまでは愉快な気持ちでいる。でも夜電気を消してしばらくすると、始まる。自分の理解と理解しないことの間には一体なにが潜んでいるのだろう。「自分」が、いったりきたりしていて、そうしているうちにそのどちらもが揺らいできてしまう。結局そういった得体の知れないものはいつまでも闇のなか、距離感のつかめない近さに、巨大に存在する。ああミミズのように無知になれたらどんなにいいだろう。彼は考える。それを、考える。そして、考える。ということを考える。だから、存在する。ということを、考える。ということを、考える。ああ体が糸をヒイいてただただのたうちまわっていたならば・・・。


彼はそんなある日に倒錯する。


彼の思考は一層混乱をキタして、ジレンマのなかでどちらに進むこともできないが、意識はその両方を望んでいて、分離がおこる。彼は倒錯する。そして彼は混濁した意識のなかで、ミミズになり醜く糸を引き地面にのたうつ自分を体験する。イヒヒヒヒヒヒ。それは願望を写した夢かもしれないし、むしろ神様の皮肉な冗談なのかもしれない。夢の中ミミズはただ粘りついているだけだ。どこまでいってもミミズだ。ミミズには死のようなものがない。死を知っているのは人間だけで、ミミズがしっているのは死のような形をした、目の前の土だ。たまに異性の生殖器が目に入ると体をそのまま投げつける。土を食らう。さてあとのことは知らない。ただただミミズだ。そしてこの瞬間彼は幸福せだった。 ihihihihihihiiiiiiiiiii
 しかしもう一方の彼はその姿を見て驚く。そのミミズが彼そのものであることをこの「別の彼」は知っているのだ。ミミズが粘りつきながら地面をのたうつのを見、驚愕する。驚愕したのはそれが異形のもので、あまりにも醜かったからだけではない。
種をあかそう。ミミズは、土の上に糸を引きその粘液は痕をつけていた。線を引いていたのだ。彼は絶句する。一瞬おかしさがこみ上げてきて、彼の顔は恐ろしく痛快な笑顔に満たされる。ほんの笑いの発作に教われて、天を仰ぐようにして笑うが、次の瞬間全く冷徹な表情になり、そのあと、激しい怒りの発作に襲われる。いつまでも、自分からは逃れることはできないのだ。この言葉の意味が、やっと、わかったよ。それがこの言葉の意味なのだろうか。種をあかす。カメラは地面のミミズからだんだん引いていく。次第にその全容が見えていく。無意識にのた打つミミズの体液が地面に線となって刻まれている。それはこう読めた。「ワレオモウユエニワレアリ」と。


そうして彼はミミズを踏み潰した。






6あなたの耳元で。
その誰が書いたのかわからない遺書の書き出しにはこうある。
「誰も死については今までにひとりとしてきちんとした説明をすることができてこなかったのだと思ったことがある。自分が死ぬということについて考える瞬間、その苦悩の時間、人間はペンをもつことなどには興味を示したりしないから。君がサルとセックスすることに興味をもたないのと一緒だ。僕らのペンが僕らをその時間から引っ張りだすのではなくて、時間の経過が僕らをその時間から引っ張り出す。なにもしないでいることが僕らにとって一つの苦痛だ。そうじゃなければぼくらは自分たちをリハビリしていくこともできただろうに。僕らにはそれ、つまり死に対処するためになに一つすることはできない。あるものを壊すことはできても、ないものを壊すことはできないから。


その苦痛の時間の最中にないときには死とはなにかを理解したくなるけれども、しかし理解はできない。なにもわかりはしない。その中にいるときにだけそれを知る・・・というよりはその中にいるときのみ説明が必要ない。体験しているから。そしてその体験はなによりも無言だ。死ぬことよりも無言だ。芸術やほかの全ての喜びがこれによって無意味のレッテルをはられることになるくらいそれは無言だ。



死ぬかい?
「」。
生きるかい?
「」。
死ぬの?
「」。
答えないのかい?
「」。



喩えるならば誰もいない世界に引かれたカーテン。



だからそれを知ると人間はデリカシーを持つようになる。僕らは自慰行為をするために、お互い方法論のこととか、処理のことを知っての上で、しめしあわせたようにまにあわせの芸術を方法論の辞書から引っ張り出してみせあう。お互いにその引用の先を承知していながらそれを指摘することはない。でもいつかそれにもつかれる。人はそれから逃れることはできない。死ぬしかない。デリカシーか死かだ。


たとえば死んでみせる。という芸術作品が今までどれほどあったか。それはある意味0回である意味人間の数だけあったことになる。誰かこのこと以上になにかである芸術作品などをなし得たか?たしかに、「死って…いやだよね!」とよく女子高生がプリクラにグラフィカルに書き殴るように、死とはそれなりに面白いテーマであるようすだけれども、それはしかし決定的な意味での死ではない。所詮死について語ることのできる状況の人間からみれば死はひとつの比較的高尚な香り高い何かにはなりうるけれども、しかし「決定的な方の死」については誰も何も語り得ない。だから私たちが方法論のようなものを超えているものを作りたければ次のような方法があると思う。死んでみると良い。」




7ふたたび教会で


「神の言葉」
まず、あきらめなさい。
そして、もがき苦しみなさい。
しかし、苦しみながらもすべての隣人を愛しなさい。
さすれば、苦しみに耐えんとする時に握り込むための手だけは与えたもう。





7書斎で。一人で。


しかし悲劇的なのは、人間は生への誕生へ期待し、夜眠れなくなるほど胸をわくわくさせることもできないのに、死の方は恐怖する、ということだ。ここで問題になってくるのはセックスという行為に死と同等の逆のものとして特別扱いするか、それともほかのコミュニケーションと同等におくかだ。セックスが死と同等の逆のものならば、人生は悲劇ではないといえる。でも本当だろうか。例えば死の恐怖のなかでセックスを思うことはできるか?もしもセックスが単なるコミュニケーションの一種ならば、命は悲劇だ。あきらめなさい、ということになる。そういう時、マスターベーションがあなたの見方だ。




9みな寝静まった教会で一人で。


「神の言葉」
まず、あきらめなさい。
そして、もがき苦しみなさい。
しかし、苦しみながらもすべての隣人を愛しなさい。
さするなら、苦しみに耐えんとする時にペニスを握り込むための手だけは与えたもう。
あ、あ、あ、あ。 イヒヒヒヒヒヒヒ。







10二人で、砂漠のような場所で。


砂漠のような場所で話込んでいた。火星に似た場所だ。文明が終わったあとの砂漠だと思ってもらえば良い。そこには協会の廃墟がほんの少し形を残し、ミミズはその周りを徘徊し、人々は苦悩し、のちのちは砂漠になったその土地の所有権について問答した痕跡が、冗談という形で残ってる。
そこで会話は淡々と続いていた。彼らは水について話していた。唾液や、涙のような水のことではない。ヴァギナを濡らすようなやつや、血液や、リンパ液でもない。あの基準のことについて話していた。それを失った時に彼らが困ることや、水のスラリとしたことについて話していた。彼らはまず水が象徴しているものについて延々話あった。これは最後に二人による、最後のお話だった。水の温度のことを考えていると、水というのは、冷たいが、もちろん同時にあつい。あるときはあつくてあるときはつめたくて、あるときは普通で、あるときは体温と同じくらいだということになった。僕らの温度に水の温度が揃っていることを奇跡と呼ばなくては、僕たちが消えていく理由がない。と彼らは思った。それと、水は粘着しない。それに水はずるい感じもいやらしい感じもしない。ただ、水がなにかとどうにかするときだけ、たとえば僕らがセックスをするときにだけ、たまたま水はそういう風になる。だからそうしているのは我々だ、我々の仕業でそれはそうなっているのだ、という結論を得た。
どちらかがいった。70%が水だ。彼らのうちのそれくらいが水だった。話す水たちが次に感じたのは、では僕らのうちのその30%はなんなのだろうということだった。 僕たちは器なのかな?と彼らは言い出した。水を運ぶ器。色々なところに水の塊が移動しているのだ。という不思議な光景が頭に浮かんだ。水がまとまってひとつの組織になって、移動している。そして会話をし、空をあおぎ、星が美しいなどとぬかしやがる。大切なものを大切といい、にごった水を大地に排泄する。空気をすい、吐くときに水を少し空に戻す。僕たちは不思議な器なのだ。と。
水は生きているのかというと、生きていないとあなたもいいはる。奇遇だけれども僕もそう言い張る。水は哀しまないし、ましてや水が涙をながすなんて!あなたはではなんで涙を流すのだろう?炎におちていく一粒の涙。そういえば、木が、枯れている。木は枯れるときにこういう風に叫ぶ。もっと水を!そしてあなたはそれがそれを言えなくなるある決定的瞬間を目にした後に決定的なものを感じ取り、目をみはるだろう。水のなくなったそのかたまり。
それがわかったときに、彼らは水ではないことについて語り始めることができるようになった。そしてまた彼らは一口水を飲んで話し始めた。 彼らは最後の二人だった。人類は失敗したのだ。自分を語り尽くすことにも失敗したし、世界を美しく保つことにも失敗した、世界は汚されて、人類も急速な絶滅を体験した。最後は水だった。色々なものはまだ残っていたが、タダのむに堪える水がなくなった。
遠くに夕日が落ちた。最後の瞬間に、それはゆらいだようだった。その瞬間、彼らのうちの一人がさけんだ!このときばかりは彼らは感傷的であることを自分たちに許したかったのだ。ああ、美しい!それはそしてもちろん、水によってなし得ていることも彼らはたちまち了解して、それにしても、しかしそれは太陽の仕業でもありえるのも今となっては了解できた。陽がおちる。それは西だった。でもそれは東でもあった。それはどこでもあった。命はどこにでもある。あれほど遠くにもあるのに、同時にあなたの一番近くあなた自身もだ。水は場合によってはかなり、熱い。






11食卓で。恋をしている二人で。


熱い。その濁ったスープに彼は舌をならした。彼はちぇっという感じの声をだす。そうしたのが、それをみている彼女の心をすこし幸せに揺らす。彼は猫舌なのだ。子供みたい。彼女は一言二言からかいの言葉をいって、涌き出てきた幸せな気持ちを自分でごまかしながら、なんでこの気分をすっかり楽しめないんだろう。とすこしがっかりしながら、そして心から良く冷えた水を、彼に差し出す。不思議と似たような気持ちでどうもありがとうと彼は答えて、どういたしましてと彼女は答えた。それは彼にとってレトリックの保護の必要もないほどの幸福なできごとに違いないはずだった。でも人間にはその幸福を全部は感じ取れない理由がどこか誰も知らないところにあって、たとえば沢山の日常の傷はそれぞれの心にはっきりとあって見え隠れしていて、誰の目にもはっきりとは見えない。太陽が強くはっきりと照りつけているような場所ではかき消されてしまってみえない。夕方くらいになると太陽がまるきり落ちて見えなくなるまでの間、木漏れ日はいつも窓辺の彼らをゆらして、なにかの象徴のように、その傷を本当にすこしだけすこしだけ照らし出し、そして哀しみが熱をおびて、水を吸って現れる。目から。突然彼女は涙を流して、彼は無言でたちあがり彼女のとなりにまた座り、肩を抱いてしばらく言葉を失う。しばらくしてから少し彼女は少し体を離して、涙を流した後の息遣いを落ち着かせるためにため息をつく。そうしてから少しだけ笑顔ににた表情をつくって言う「スープさめちゃったね。」「猫舌だから兆度いいよ。」といって彼はそれをすする。それから彼らはまたゆっくりと語り出す。「僕らは考えてそして泣くのだ」ということをね。




12どこかで


しかしそれでも、ある朝に誰かが一人で死んでいるのだった。誰かが一人で死んでいるのだった。一人で誰かが死んでいるのだった。ある朝に一人で、だった。そしてそれを片付ける職業があってそのための業務報告があって、一つのチェックマークがアナタの手でつけられて、そして全部が終わる。それに関与したすべての人間が水をのみ、その登場人物の主要なもののうちな一人だけは水を飲まなくなる。誰だっけ?いや、どの水だっけ?しかしそれでも水はとても熱い。涙はただの水ではない。命というものはただのある方法ではない。それはふとした拍子に苦悩して死んでしまったりする。推論して、その結果自分は死ぬべきであるという結論にいたり、よし、死ねといって死ぬわけではないはずだ。首をくくるまえに彼は思わず大きくひとつ息を吸いこんでしまって、そうしてそれが彼を混乱させる。これから窒息するのに、なんの準備をしたんだい、と彼は自分の目前の死とそれに備える生を愉快に思う。ここには答えが用意されていないのではないだろうか。しかし答えがどうであろうと彼は死んだ。もちろんそれはそうだ。誰も彼のために涙を流しはしなかった。彼が流した涙は蒸発してしまった。でも彼の涙や彼のため息は、空気にとけて世界中へ拡散した。それを今僕ら一人一人が吸い込むのだ。それはそして生きているから。そして一体誰がなにをおもって、それゆえに彼が死ぬのか?僕はただ答える。ワレオモウユエニワレアリと。



































13世界を閉じる


彼は蛇口に口を当て、気のくるったようにがぶがぶと水を飲む少年の弾むようにして動くのどの動きにハッとして、足を止める。驚くほど長い間少年は水を飲みつづける。ずっと息をつがないで。ああして水を飲まなくなってからどのくらいがたつかしら。そしてその間僕は僕はずっと眠っていたのでないという証拠は?
「どうしたの?」
「いや、、、水が飲みたいなぁ。」と彼がなんとなく言うと、恋人はくすくすとわらいだし、彼らたちどまった。
「驚くわ。もの欲しそうな顔してたよ。あの子が水飲んでいるのを見てうらやましいの?ずいぶん可愛いのね。今の表情ったらないよね。」と恋人はしのび笑いを続けながら言い、子供みたいと言った。
「ちょっと違うよ。でもそうだ。」
少年は始めたときと同じように、僕らの忘れてしまった突然のタイミングで飛び去るようにして口を離し蛇口を締め、世界をおきざりするようにシーンの中から駆け出ていった。するとコントラストで世界は静まりかえる。彼が走らなければ世界はゼロにどんどんと近づいてく。





彼は水を飲まななかった代わりに、自販機でコーラをかった。公園のベンチに座る。夕日は必ず一日一度どこかで見えるはずなのに、そのたびに毎回奇跡的な風景をつくる。ずいぶん丁寧に、分け隔てなくいろんな人たちのほほを真っ赤にそめて、この時間のその世界の、希望の平均値をあげて、夢を語ることも、嘘でなくした。笑いも通じないほど、隣を見ると恋人は美しくて、大切なことを、考えてもいいような気がした。偶然でもなく、彼女は誠実に深く考え込んでいた。
「どうして人は水飲むのかしら。水には何か価値があるの?」
彼女の母は、死ぬ数日前に、水を飲まなくなった。寿命といってよい静かな死にさいして、差し出がましく誰かが告げることもなく、彼女の母は死を正しいものとして受け入れていたようだった。死ぬ数日前に、食事を断った。意識は朦朧とし始めていたが、この言葉ははっきりと聞こえていた。「ごちそうさまでした。もう食べる気がしないの。そういえば、いっぱいたべたなあ。もう満足しました。」そういってお茶をすすり、昏睡したように眠り込んでしまった。娘は母が寝てしまってから、たまらなく悲しくなった。真夜中に病室で、空に星がでているのを眺めながらそれが突然にじんだのにも気づかなかった。嗚咽をこらえることはできなかったが、彼女の母は反応をしなかった。
翌朝に彼女の母はすこしの間目をさまし、お茶を出すと、水がのみたいといった。彼女は水を出した。母はおいしい、と小さくいった。娘の目はぬれていたが母は気づかなかった。母の口元から少し水がこぼれ、娘はそれを拭いてやった。以後水も一口も飲まなかった。何度か目を覚まし、一度ははっきりと少しの会話を娘と楽しんだが、水を進めても首をふった。その二日後に母は死んだ。

公園で彼は答えずに彼女の肩を抱いて世界を少し閉じた。少し考えてからいった。自分にモット知恵があれば、と思った。でも少しのあきらめと、勇気でもってこういった。「人にとって水に価値があって、宇宙にとってそうでないのは、宇宙の秩序と人の秩序が違うから。だから僕らは水を飲むんだ。」。彼がコーラに一口をつけると彼女は手を伸ばして一口を飲んだ。
「先生ロマンチックな夕暮れに宇宙の話をするのも人間だけだからですか?」思いのほか彼女は明るく一息にこれをいった。そうです。それで、「体を構成しているもをどんどん細かくしていくと、それは、ぐるぐると回る銀河系や回転する宇宙の秩序を作るのと一緒の物なのね。科学でやったでしょ、同じものが、人間や動物のようなものを、形作るでしょ。同じモノが、別の秩序をもって、別のものになる。宇宙秩序と僕等のそれは別のもの。死んだ木は、」彼は言い直してしまった。彼女も思わず言葉にならない声をもらした。ん・・。「死んだ木は、形こそ保っているけど死んだ木だ。いずれゆっくりとくずれていって、バクテリアに分解される。生きてる木は、枝がおれても、同じ形態に戻るよね。」
彼は彼女の母の死についての彼女の心が小さく一生懸命に動くのに敬意を感じずにいられなかった。人類はあまりにも膨大な時間をかけてこの敬意の念を作り上げたのだ。しかし時間をかけすぎた。まにあわなかったのだ。

死は彼女の近頃の静かな時間の友達だった。彼女の体が次第にゆっくりと大きく震え始めるのを力ずくでも抑えようとするかのように、硬く硬く抱いた。誰かがいぶかしげこちらを眺めつつ通り過ぎた。「死んだ木は、硬くて自分の形を保っているけれども、自分を成長させたり、次の夏には、自分を生かそうとはしない。生きている木は自分を組織しつづけようとする。例えばいらない葉を落とすのも、秩序を保つための準備。」
僕はなにもいっていない。と彼はおもった。僕はなにも解決することはできないや。と彼は思った。僕はこの子を抱いているけれども、なにも分かっちゃいないて、大事なものは誰にもなにもわかりゃしないんだ。と彼は遠くに絶望を感じた。宇宙は永遠の間抜け面だ。それでも彼は抱くのをやめなかった。それでいいのかな。僕はそれで物語を閉じてしまっていいのかな。

「死んだ木と、生きている木の両方が、ほとんど同じような形を保っている。同じように風にたなびく。折れてしまった木や葉も、しばらくの間呼吸したりする。でも、死んでしまった木は、もう、永遠にその呼吸を続けることができるように自分の秩序を整えるようには、自分からはしないんだね。」
彼女は嗚咽を漏らしながら小さく強く方を震わして、彼は彼女の方を抱いてまた世界を閉じた。たった一つの瞬きをする力で僕達はそうするのだ。たった何万回かの間だけ。